ジャニーズのトップに君臨していると言っても過言ではない東山紀之。

その類い稀なる才能と、努力に魅入られた人も多いはず。

そんな常に第一線で煌びやかに活躍している東山紀之は、想像もつかないような生い立ちで苦労人だった?!

実家は河原町団地?知りたい裏側を徹底リサーチしてみた!

東山紀之の生い立ちと『反ヘイト精神』のルーツ、河原町団地

神奈川県で生まれ育った東山紀之。

母は東山紀之が3歳の時に離婚しており、妹と3人で河原町団地でひっそり暮らしていたという。

詳しく赤裸々に本人のエッセイ、『カワサキ・キッド』に記されており、

過去を曝け出せるなんて、本物のスターになれたからではないだろうか。

 

父親・祖父共に相当な飲んだくれで、金銭を使ったオトナの遊びも好きだったという。

その時、ひどく酔いが回った父親がひっくり返してしまったポットのお湯で、東山紀之が足が変形するほどの大やけどをしたそう。。今もマッサージが欠かせないのだとか。

そしてこの一件が両親の離婚の引き金になったという。

 

そして離婚後、川崎の河原町団地に母、妹の3人で生活していたが、その暮らしは貧乏極まりないものだったという。

 

しかしそんな東山紀之と妹を助けてくれたのが、当時その団地に住んでいたという在日韓国・朝鮮人だったという。

日本名を名乗り、焼肉屋を営んでいた朝鮮人親子は、自分たちを可愛がってくれていて、

兄弟のように過ごしたそう。

そして貧しくて腹を空かせていた東山紀之と妹に、店の豚足を食べさせてくれたそう。

これがあったから生き延びれた、あの方々が居なかったら、今頃どうなっていたか、とエッセイで語っている。

 

河原町団地に住んでいた在日韓国・朝鮮人は、とてもいい人たちだったと言い切っている。

互いの国で、人種差別が未だに根付いている部分もあるが、

国は関係ない、差別的な発言は心から憎んでいる東山紀之の正義感溢れる『反ヘイト精神』は、

貧しいながら必死に生き抜いた河原町団地時代があったからなのだろう。

情報に惑わされず、自分が経験したものを信じる姿、ますますかっこいいぞ、東山紀之。

東山紀之はジャニー喜多川に○○されていた!!

東山紀之がジャニーズ事務所に入ったきっかけは、ジャニー喜多川によるスカウトだという!

スクランブル交差点で信号を待っていた東山少年が目に留まり、当時川崎麻世のマネージャーだったジャニー喜多川が思わずその場で声をかけたのだという。

まさに光る原石だった、ってことね!ちなみに、ジャニー喜多川はスカウトは滅多にしない、で有名らしい。

 

ジャニー喜多川は10年後の姿が見抜けるそうで、この目は確かだったのね。

少年隊としてデビューした東山紀之はまたたく間に人気アイドルの座をほしいままにするのだった。

 

いまでは自身の俳優人生も順風満帆だが、私生活でも大物女優木村佳乃と結婚して2人の女児のパパとして大活躍。

子煩悩でイクメンというんだから、天は二物を与えたのね~。

 

毎日トレーニングは欠かさないといい、アイドルとして体のメンテナンスはもちろん、自分の生い立ちすらもかっこよくしてしまう本物のスーパースター東山紀之

辛い思いも人一倍したのだから、その気持ちも妻である木村佳乃は受け止めてくれたのでしょう。

いい人に巡り会えてよかったね~東山紀之…。

調べ上げただけで、ファンになりそう。。

 

7月からは人気ドラマ『刑事7人』が帰ってくる!

人間性にすっっっかり魅了されてしまった東山紀之が主演っていうんだから、もちろん見逃せないよね!!!

 


 

御握りん

キラキラした世界からは想像もつかない苦労をされていたんだなぁ…
人生何が起こるか分からないね!

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